病院が遠くて、そうそう頻繁に来院するのは大変だ。しかも、そのたびにかかる交通費だって(特に年金生活者など高齢者には)バカにはならないーー

できるだけ多くの患者のケアに努めたいのはもちろんだが、時間にも労力にも限りがある以上、誠実に有効な治療をしようと思えば、ひとりの医師が担当できる患者数が限定されるのは致し方ないーー

…というような、患者と医療関係者が抱える問題を解消する手段として注目され、実用化に向けての動きが活発化してきているのが、ネットを使った遠隔医療(※1)だ。

とはいえ、実際に体を診ることなく診断を下したり、治療方針を決定するには、患者側にも医師の側にも多くの不安と、疑問がつきまとう。
ましてや、がんの再発や合併症リスクを抱えている患者であれば、なおさら経過観察は万全を期し、定期的に検査を受け、医師と直接会って面談治療を受けるのがベストだと考える人が、大多数だろう。

が! それは「正しい経過観察のあり方ではないと示す臨床試験結果」が発表され、医療関係者たちに衝撃を与えている。

アプリが進行肺がん患者の生存率を改善

2016年6月、米国シカゴで開催された第25回米国臨床腫瘍学会(ASCO;アスコ。※2)の年次総会において、フランスのInstitut Inter-regional de Cancérologie Jean Bernard(直訳するとジーン・バーナード地域間がん研究所。※3)のFabrice Denis医学博士は、「インターネットを介した経過観察アプリ『MOOVCARE™』(※4)が、進行肺がん患者の生存期間を改善する」という第Ⅲ相試験(*)結果を発表した。

*第Ⅲ相;臨床試験の段階を表す用語。臨床試験における各段階の概要は以下のとおり。
《第Ⅰ相》新しい治療法(新薬を含む。以下同)を試し、安全性の確認や投与すべき薬量の決定を行う。
《第Ⅱ相》新しい治療法に有用性(確実な効果)があるか、または、ある特定の病理に関して有用性があるかなどを調べる。
《第Ⅲ相》新しい治療を受けた患者と、従来の標準治療を受けた患者の結果を比較する。
一般的にはⅠをクリアしたらⅡ、ⅡをクリアしたらⅢと順番に進められ、第Ⅲ相をクリアすると、実用および市販に向けての承認申請の段階に入ることになる。
また、その先には《第Ⅳ相試験》もあるが、これは新治療法や新薬が承認され、市販が開始されたのち、第Ⅲ相試験では見られなかった副作用を評価するために行われる。

本研究は、筆頭研究著者であるFabrice Denis医学博士によれば、「インターネットを介した経過観察手法で生存期間に大きな改善が見られた初の試験であり、同時に、病状を有した再発や、がん性合併症の早期検出を目的としたアルゴリズムが、早期の支持療法や治療の誘因として利用されたのも、今回が初めて」だという。

臨床試験で何が行われたのか?

対象となったのは、初回の化学療法、放射線治療、外科手術を受けたステージⅢ~Ⅳ期(*)の肺がん患者131人。

• 肺がんのステージ・進行度 http://www.gan-info.com/304.6.html 
 (6819)

肺がんでは上記表のステージIAまでを早期がん、それ以降を進行がんと判別されます。

臨床試験に参加するには電子メールの送信ができるインターネット環境と、それが使える経験が求められたため、131人から不適格者12人を除いた121人が、以下の2グループにランダムに振り分けられた。

A 標準的な経過観察群(61人;下の表に黄色で表示されている)
医師による診察と、3~6カ月ごと、あるいは研究者の判断により適宜CT検査を実施。

B アプリ『MOOVCARE™』を活用した経過観察群(60人;同・紫で表示)
Aの標準的な経過観察群と同じスケジュールで医師の診察を受けたが、予定するCT検査の回数は、その1/3とした。



『MOOVCARE™』の使用法および仕組みはーー

●毎週1回、12の症状について、患者はパソコンまたはスマートフォンに導入したアプリを使い、自己評価を入力する(患者の代わりに介助者が行うことも可能)。
もし担当医師に伝えたいことがあるなら、フリースペースに自由に書き込める。
    ↓
●アプリが12の症状を解析し、担当医師にその結果をネットで報告。
    ↓
●とともに、アプリはアルゴリズムに従い、患者の症状の変化を評価。再発や危険な徴候を感知すると、それを担当医に知らせるアラートメールを自動的に送信する。
    ↓
●アラートメールを受け取った担当医師は、検査や診察の必要性を確認。患者に電話連絡を入れ、来院と診察、場合によってはCTスキャンなどの検査による画像判断を行う。

これを2年間継続し、A群、B群の経過を比較検討する研究だったのだが――。

1年後、研究は打ち切られた。理由は…

ウエブアプリ群(グラフの紫ライン)での生存者が75%だったのに対し、標準的な経過観察群(同・黄色のライン)では49%だったため。
この中間解析時点で良好な結果(=アプリ使用者の方が26%生存率が高かった!)を得られたので、患者の有益性を考え、早期中止が決断されたのだ。



また、↑このグラフに示されているように、患者の全生存期間中央値(*)は、標準的な経過観察群が12カ月であったのに対し、アプリ使用群では19カ月と1.5倍以上に延長(7カ月伸びた)。
死亡リスクを67.5%軽減した。

*全生存期間 がんと診断された時点から生存している期間
*中央値 有限個のデータを小さい順に並べた際、中央に位置する値。平均値との違いは、たとえば100人のうち90人の全生存率期間が6カ月だとしても、10人が5年以上であれば平均値は11.4カ月となり、現実に多くの患者が亡くなった時点までの生存年数とは乖離が生じる。しかし、中央値であれば値が小さい方から並べて真ん中に当たる人の生存率をとることになるため、50番目の人の6カ月となり、実態に近い数字が得られる。また、平均値は対象患者全員が亡くならないと算出できない(例にあげたケースでは5年)が、中央値であれば半数の人が亡くなった時点で(同・6カ月)で数値が判明する。

再発率に有用性のある差異はなかったものの…

標準的な経過観察群が51%、アプリ使用群が49%と、がんの再発率に関しては両郡とも同様の結果となった。

しかし、再発時の健康状態はアプリ使用群のほうが良好で、74%の患者が再発時の推奨治療を受けることができた。反面、標準的な経過観察群で、同じく推奨治療を受けられた患者は、わずか1/3だったという。

また、QOL(quality of life 生活の質。*)についてもFACTという標準的QOL指標を用いて評価したところ、アプリ使用者群が全般的に良好だったとのこと。



*QOL;クオリティ・オブ・ライフ。一般に、ひとりひとりの人生の内容の質や社会的にみた生活の質のこと。医療上の概念では、患者が自身の尊厳をより保ち得る生活の実現を目的とした援助が重要であるという考え方。これを「QOL(生活の質)を維持する、向上させる」などという。(※5)

さらに、アプリを使った経過観察群ではCTなどの画像検査の平均数値が、1患者につき1年間で50%低減したという報告もなされている。

ちなみに、アプリ使用群の患者の年齢の中央値は65歳。「アプリ使用に精通している若者ではなかった点にも注目すべきだ(つまり、うまくアプリを使いこなせたから良好な結果が出たわけではない)」という報道も、米国内には存在した。

アプリ使用に伴う医師の負担は?

本研究で、アプリを通じて患者が報告した症状の評価のために医師が必要とした時間は、患者60人の追跡に対して1週間にわずか15分ほど。
アプリ使用は医師にとって負担にならないとしている。

それどころか「患者が病院に電話をかけてくる頻度も減少した」といい、患者のアプリ使用は、医師にとって時間的な有用性があったようだ。

費用面でも効果あり

研究チームは、CTスキャンを使った場合の肺がんとリンパ腫、PETを使う子宮頸がんという、4種のがんの経過治療と比較して、ウェブアプリは生存効果が格段に高いうえに、費用は1万ドル(約106万円)以下と、こちらは圧倒的に少なくすむと報告している。
20 件

関連記事