inochi学生・未来フォーラム2017に行ってきました

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2014年から活動しているinochi学生プロジェクトと一般社団法人inochi未来プロジェクトが、2017年11月23日に大阪・梅田で「inochi学生・未来フォーラム2017」を開催しました。

inochi未来プロジェクトは、「inochiの大切さと未来について考えて、行動する」一般社団法人で、大阪大学・医学系研究科の澤芳樹氏が理事長を務め、医療者・企業・行政と患者が支え合いながら、健康で長寿である街や国を作り出すことを目指しています。

そして、inochi学生プロジェクトは、inochi未来プロジェクトと連携しながら、「若者の力でヘルスケアの問題を解決する」ことを目的としています。あらたな技術のヘルスケアへの応用の模索や、地域的なヘルスケア課題の解決に取り組むことで、若手の人材を生み出し続けることも目標としています。

今回の記事は、この両団体が開催した「inochi学生・未来フォーラム」に行ったレポートです!

KEYNOTE SPEECH、第1部 「私たちが始める ヘルスケアの未来」、第2部 WAKAZO Project 「若者が切り開く いのち輝く未来社会」、第3部 inochi未来フォーラム2017 「関西から始まるヘルスケア イノベーション」の4部構成で展開された同フォーラムのレポート第1弾はオープニングのKEYNOTE SPEECHについてです。


そのオープニングは、なんとイマをときめく筑波大学助教・学長補佐の落合陽一さんが飾りました。「デジタルネイチャーによる、いのち輝く未来社会のデザインの達成」というテーマでおこなわれたワクワクドキドキで刺激的な講演です。

早速その講演がどのようなものだったか見ていきましょう!

KEYNOTE SPEECH - 落合陽一氏による基調講演

「デジタルネイチャーによる、いのち輝く未来社会のデザインの達成」

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落合さんは、「高齢化社会」というキーワードから未来社会を語りはじめました。

「2000年代、僕が中学生だった頃、学校で習った高齢化のイメージってのは、日本はやがて子どもがいなくなって高齢化して、日本はやがて滅亡するので頑張ってください」「高齢化問題は深刻な問題です」「国の借金がすごいことになっている」「年金が破綻する」というネガティブな面ばかりが語られていたと言います。

しかし、実際、大人になった落合さんの前にひろがっていたのは、「コンピューターは発展してい」て「ロボティクスはそこらじゅうにある」そんな世界でした。

落合さんがそこで持った想い…それは「なんだ意外となんかいけるじゃないか」というポジティブなものだったのです。今の日本が直面している問題を、「人口減少による労働力の問題」であると理解した落合さんは、「低賃金であるにも関わらず長い労働時間」について、「それをサポートする機械がないからだよね」とわかりやすく指摘します。

そして、落合さんは、高齢化にともない衰える肉体のことを、「多様化する」ことだと言います。人によって衰える身体の箇所が異なります-人によっては脚、人によっては目、人によっては手が弱っているかもしれないです-が、それは、人によっては手が動くし、人によっては脚が動くということを意味します。これは「多様化だ」とおっしゃっているのです。

この「多様化」された社会をどうインクルーシブするか、つまりどのように「包摂」するかが重要だと続けます。

多様性の度合いが本質的に低いと言われる日本の未来社会のキーワードは、「ダイバーシティを高めること」だと落合さんは説きます。

では、日本に必要なことは何でしょうか?

---------「普通」をとっぱらう---------

それは「普通」を「天地神明の理」(普遍的な正しさ)であると理解することの外に出ることだと言うのです。1945年以降、日本人は「普通」や「平均」であることを美徳であると学校で習ってきています。では、「普通」に囚われるとどういう不都合が起きるのでしょうか?

労働人口が減少していることが前景化しはじめた日本社会において、「普通」であることを軸に物事を考えた場合、それはこれまでの慣習を踏襲して生きていくことになります。つまり、私たちが「変化する社会の中で、変化せずに生きていく」ということを意味するのです。本当に必要なことは、技術革新なのに、です。


しかし、技術革新はコストを変化させ、文化と意識にも変化をもたらすもので、その実現には柔軟なトライアンドエラー(試行錯誤)が必要であるにも関わらず、現状の教育の結果、多くの人には試行錯誤をする際にもとめられる、判断や思考の素地となる主義やモチベーションが欠落してしまっています。


日本の教育を受けて育った人たちが考える「普通じゃないもの」や「ぶっ飛んでいるもの」は、そのせいで「普通」を中心に考えられるため、結局「普通」の枠内に収まってしまうのです。

落合さんは、本当に大切なことは「普通を構築する集団意識の変更や更新に挑戦し続けることだ」と言います。

ところが、現在、そんなことをしようとしている人がいても、その人は「社会から飛び出した」存在と理解されてしまいます。しかし実際に必要なのは、そのような人を「とがった人」と理解することではなく、「社会をアップデートする個人という集団意識の形成だ」と道破しました。

絶えず社会をアップデートするための不断の努力が為される社会。その実現こそが「いのち輝く未来社会のデザインの達成」には不可欠なのです。

そのために枢要なもの。それは…
The End To End Transformation Of Everything
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これは「末端点と末端点だけで、対象を考えて、その間を変換するような新しいシステム」のことを意味します。

それはどういうことなのでしょうか?

「お買い物」を端緒に考えてみましょう。

例えば、わたしたちはこれまで「あ、トイレットペーパーがない!」と分かったら、家を出てスーパーマーケットに行き、購入し、それを持って帰ってくることで、トイレットペーパーがないという問題をクリアしていました。つまり、「トイレットペーパーがない」という末端点と、「トイレットペーパーがある」という末端点を自らの運動によってつないでいたのです。

これは、現在、Amazonの「Dush Button」のシステムを例えにあげると、これまでとは異なるあらたなシステムが、機能していることが理解できます。

いまでは、「あ、トイレットペーパーがない!」という事態が生じた場合に、AmazonのDush Buttonを押すと、発注が完了し、家にトイレットペーパーが配送されるようになっています。そうです。Dush Buttonは、そのボタンを押すだけで、家に「トイレットペーパーがある」という状態を導けるようになっているのです。

人間がすべき行動はボタンを押すことだけになりました。すなわち「それをサポートする機械がある」ということです。(配送に関する業務が自動化されていけばさらに顕著に「機械がある」ことが際立っていきます)

Amazon Dash Button 通販 | Amazon

Amazon Dash Button 通販 | Amazon
ボタンを「ぽちっ」。Amazon Dash Buttonは、ワンプッシュでお気に入りの商品を簡単に注文できるボタンです。新しい買い物スタイルをご体験ください。

---------現代社会への架橋---------

そう。これこそが「末端点と末端点をつなぐ間」が変換されたシステムなのです。このような思考の変化こそが、今後の社会にとって重要になっていくだろうと落合さんは予測しています。

近代から現代への移行の中で、近代的な「大衆社会」「標準化」「大量生産」「コンテンツ化」というフレームワークから、その次の現代的な「個人化」され、「パラメーター化」され、「ウェブ化」されたり、と、社会のあり方自体が変化すると予想されます。

それはコンピューターが人間の抱えてきた労働の一部を担うようになることで実現されます。さらにそれは多様な雇用が確保できる社会が実現していくことを意味するのです。その時代に人間に求められることは「それって本当にいいのかな?」や「それって最適なのかな?」と考えることになっていきます。

現代への移行が「個人化」を意味するならば、それは「普通」というパラダイムからの脱却を意味し、一人ひとりが「違うこと」を見るようになっていくことだ、と理解できます。そしてそこでは「普通なこと」や「違うこと」というフレームワークが取り除かれています。


「末端点と末端点だけで、対象を考えて、その間を変換するような新しいシステム」

「現在と未来で対象を考えて、その間を変換する」。そんなことが求められているようです。つまり、来る未来社会といまの間を、どのように変換していくか。それが私たちに求められていることなのです。 (次ページに続く)
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