PULSE HIPPOCRATES 第2章

自殺の問題とは? 対策はあるの?臨床心理士が解説

高橋 あすみ
筑波大学大学院
2019年11月2日

【前編】自殺の現状はどうなっているの?臨床心理士が解説|高橋 あすみ|筑波大学大学院|第1章 | PULSE

【前編】自殺の現状はどうなっているの?臨床心理士が解説|高橋 あすみ|筑波大学大学院|第1章 |  PULSE
年間自殺者数は2万人強で推移しつづけていましたが、1998年を境に3万人を超え続けています。この自殺の問題を整理し、どのように対策していけばいいかを筑波大学大学院の臨床心理士高橋あすみさんが説明します。

2.自殺の問題点

(1)自殺がなぜいけないのか

言い換えれば、「自殺はなぜ防がなければならないのか」という問いとなるでしょう。「死にたいと考えている人は生きるのが辛いんだから、死なせてあげればいいじゃないか」と考える人もいるかもしれません。

そもそも日本では法的に自殺が禁じられているわけではありません。自殺未遂をした人も同様です。(ただし、刑法第202条(自殺関与及び同意殺人)によって、死にたいと考えている人の自殺をそそのかしたり、自殺を手伝ったりして自殺させることは「自殺教唆罪」「自殺幇助罪」に問われます。)また、宗教の多く(カトリック、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教等)も自殺を戒めていますが、日本人の多くは特定の宗教を信仰していないようです(小林,2019)。
むしろ、日本人と自殺は親和性があると言われてきました。日本には自殺にまつわる言葉が多く存在します(例えば切腹、自害、心中)。また、先述した自殺対策基本法ができるまで、日本ではどちらかと言えば「自殺は個人の勝手」と思われてきました。社会的に防がなければいけないと考えられ始めたのは最近のことなのです。

大学生が「自殺をしてはいけない」理由として答えたもので最多だったのは、「家族や身近な人に迷惑をかける」からでした(竹谷・辻本・小野,2012)。しかし、自殺を考える人は「自分の存在が他者に迷惑をかける」と思っている(負担感の知覚)ので死にたいと思う、という対人関係理論を思い出してもらうと、当事者にとってこの理由は当てはまらなそうです。実際、自殺企図を思いとどまった理由として「家族や恋人等が悲しむことを考えて」を挙げた人は2割弱に留まっています(日本財団,2016)。

ここまで述べてきたように、自殺は生物・心理・社会的な要因が絡みあい、「生きるのが辛い」という当事者の動機によって起こるものです。その背景には精神疾患や社会の問題がありました。例えばうつ病は思考や判断に支障を来しますから、健常な精神で考えれば解決できる問題や状況も解決できないように思えてしまうことがあります。ほとんどの人は健常な精神状態で合理的に考えて死を選ぶわけではないのです。社会の問題も同様です。社会がもたらした問題の原因を、個人に安易に帰結できるでしょうか。

「死にたい」と言う人について「病気で生きたくても生きられない人に失礼だ」という批判を聞くことがありますが、私は自殺で亡くなった人もまた「生きたくても生きられなかった人」に当てはまるのではないかと思うのです。そのため、「死にたいくらい生きるのが辛い状況」を放置して「そんなに死にたいなら死なせてあげる」とすることがいけないのだ、と考えています。

(2)自殺を止めるにはどうすればいいのか

 では、自殺を防ぐにはどうしたらよいのでしょうか。個人の自殺を防ぐには、精神疾患の治療をする、ストレス要因を取り除く、置かれている職場環境を変える等、生物・心理・社会的な要因に対応した支援をする必要があります。また、専門家ではない身近な人が、自殺の危険のある人に気付き、声をかけ、話を聴き、専門機関につなぐ「ゲートキーパー」という役割を果たすことも重要です。

 社会的な対策という視点でみれば、世界保健機関(WHO)が自殺予防の介入戦略を全体的、選択的、個別的の3つのフレームワークで以下のように整理しています。
図3 WHOによる自殺予防の介入戦略 

図3 WHOによる自殺予防の介入戦略 

(WHO,2014より作成) 
日本ではそれぞれ、全体的予防介入戦略を「一次予防」あるいは「プリベンション」、選択的・個別的な予防介入戦略を「二次予防」あるいは「危機介入」ということが多いです。

 全体的予防介入戦略には、アルコールやメンタルヘルスに関する政策、メディア報道、自殺に用いられる手段の制限(例えば高所の柵、電車のホームドア設置)、メンタルヘルスに関する啓発活動などがあります。

 選択的予防介入戦略は、自殺に関する電話相談や、自殺リスクの高い集団に対する介入(例えばスクリーニングなど)、身近な人が自殺リスクのある人に対応できるようになるためのゲートキーパートレーニングがあります。 

 個別的予防介入戦略は、精神障害や物質障害(アルコールや薬物依存)、自殺関連行動(自傷行為や自殺未遂)など、自殺リスクの高い人を対象にした介入です。
 
 

3.自殺の防止策

(1)現在行われている自殺防止活動

 日本では、自殺対策基本法に基づいて、各自治体が公的に自殺対策に取り組むようになりました。これまでは中高年男性の自殺が多かったことから、中高年男性に対するうつ病対策、精神疾患に対する啓発活動、ゲートキーパー養成研修等が普及していました。最近は、2017年の座間市の事件(「死にたい」とSNS上で吐露していた若者たちが殺人の犠牲になった事件)を受け、特に若者の自殺を防ぐための取り組みが活発化しています。

 その一つは、ICT(情報通信技術)を使った相談事業です。従来の相談方法は窓口に直接来てもらうか、電話が主でした。しかし今の若者の主なコミュニケーションツールは文字がベースのSNS(ソーシャルネットワークサービス)のため、従来の相談方法による相談を促しても、若者の利用率が低いという問題点がありました。そこで昨年度、複数の団体がSNSを使った相談事業を実施し、年間延べ約2万2千件の相談が行われました(厚生労働省,2019)。

また、相談の促し方についても、従来はポスターやリーフレット、カードなどで電話番号を案内するのが一般的でしたが、今はインターネット上で「死にたい」「自殺方法」などと検索する若者に合わせて、検索連動型広告を使って相談につなげる仕組みも普及しつつあります。

 「自殺対策」と銘打っていなくても、虐待や性暴力、過労やハラスメントなど様々な社会問題を解決する試みも、広義の自殺対策と言えます。どのような対策が人の自殺を防ぐことができるのか、世界的に研究が積み重ねられている最中です。


(2)自らが実施している自殺防止活動

 筆者は、心理学を学び始めた大学生のころに、自殺を防ぐための活動が何かできないかと考えていました。その頃は、国が「自殺は個人の問題ではなく社会問題」と訴えているわりには、死にたいと考えている人は誰にも相談できず、自死遺族は肩身が狭い思いをし、電車の人身事故に対しては「迷惑」「勝手に死ねばいいのに」という声が大きい、そんな状況だったと思います。それでも、「もし身近な人、大切な人が死にたいと言ったら、ほとんどの人は困惑しつつも何とかしてあげたいと思うのではないか?」というのが、筆者の想いでした。専門的な知識や資格がないただの学生でもできることがあると考え、自殺についての誤解や偏見をなくし、正しい知識を広めるという取り組みを始めました。

 初めは「自殺」という言葉を大々的に取り上げて、イベントでのポスター展示や講演会の開催などをやっていましたが、学生や教職員からは刺激的・怖いと言われることもあったので、徐々に「こころ」「いのち」といった柔らかい言葉を使うようになり、映画やカフェなど他の要素と組み合わせた活動をやるようになりました。青山学院大学のレネ・ダイグナン先生が日本の自殺問題を描いたノンフィクション映画『Saving10,000~自殺者1万人を救う戦い~』を制作されたときは、ダイグナン先生に直接アタックして大学まで来てもらいました。そのときの上映会には学内外から「何となく関心がある」という人が多く集まってくれ、参加者から「自殺を身近な問題だと思った」「自殺を防ぐ方法について考えようと思った」などの感想も聞かれました。

 大学院の臨床心理学専攻に進学して専門的なことも少しずつ分かってきた段階で、学生自身のセルフ・ケアに関するリーフレットを作り、発刊しました。

re+〜学生生活で悩んだ時に読む本@筑波大学〜

re+〜学生生活で悩んだ時に読む本@筑波大学〜
 思えば、学生だからと遠慮してやってきていた啓発活動が、最終的には学生だからこそできる啓発活動になった気がします。

 博士課程に在籍している現在は、臨床心理士として勤務する傍ら、大学生の自殺予防教育の開発研究に取り組んでいます。メディアでクローズアップされる若者の自殺は中高生が主ですが、大学生の死因の第一位も自殺で、学生・生徒の自殺の中で最も数が多くなっています。

 しかし、大学での自殺対策の状況は分かっておらず、大学で統一して実施されている有効な自殺対策もありません。そんな大学での状況に一石を投じるつもりで、大学生の自殺を防ぐための教育プログラムを開発し、効果検証を重ねています。いずれは、全国の大学で実施してもらえるような形にしたいと思っています。
<引用文献>
・厚生労働省(2019)令和元年版自殺対策白書 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/19-2/index.html
・警察庁(2019)平成30年中の交通事故死者数について http://www.npa.go.jp/news/release/2019/20190104jiko.html
・日本財団自殺意識調査2016(2017)
・verb(2000)遺書 サンクチュアリ出版
・高橋祥友(2006)自殺の危険―臨床的評価と危機介入 金剛出版
・NPO法人自殺対策支援センターライフリンク(2008)自殺実態白書2008【第2版】
・河西千秋(2009)自殺予防学 新潮選書
・勝又陽太郎(2015)第3章総論:若年者の危機と保護的要因 1.心理学の立場からみた理論的検討 科学的根拠に基づく自殺予防総合対策推進コンソーシアム準備会 若年者の自殺対策のあり方に関する報告書
・Van Orden, KA., Witte, TK., Cukrowicz, KC., Braithwaite, SR., Selby EA., & Joiner TE. (2010) The Interpersonal theory of suicide. Psychological Review 117, 575-600.
・デュルケーム(1985)自殺論 宮島喬(訳) 中公文庫
・太刀川弘和(2019)つながりからみた自殺予防 人文書院
・厚生労働省(2017)自殺総合対策大綱~誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して~ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000131022.html
・小林利行(2019)日本人の宗教的意識や行動はどう変わったか~ISSP国際比較調査「宗教」・日本の結果から~ 放送研究と調査69, 52-72.
・竹谷怜子・辻本江美・小野久江(2012)大学生における自殺と全体的健康度との関係について 臨床教育心理学研究38, 19-22.
・世界保健機関(2014)自殺を予防する 世界の優先課題 自殺予防総合対策センター(訳)
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高橋あすみ

臨床心理士。修士(心理学)。筑波大学大学院の博士課程に在籍し、若者の自殺予防について研究。