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「一日三回、食後に2錠ずつ服用してください。」
だれでも見たことのある薬の飲み方の指導である。この当たり前の文章は3Dプリンターの登場によって終わりを迎えるかもしれない――。

シンガポール国立大学(National University of Singapore, NUS)のチームは3Dプリンターを用いて患者一人一人に合わせたオーダーメイドの錠剤を作成する技術を開発した。この技術により、一つの錠剤に複数の薬剤を配合し、さらにその各々の薬剤が異なるスピード・タイミングで体内に放出されるということが可能となる。

高血圧と糖尿病、さらに不眠症といった形で、複数の疾患を抱えている患者は特に高齢者に多い。それぞれの疾患に対して数剤の薬剤が処方されるため、結果的に患者は毎日多数の薬を服用しなければならなくなる。高齢の患者では平均5~6錠、多い患者は10錠もの薬を服用しているというデータもある。NUSのグループの開発した技術は、病院や薬局で簡単に複数の薬剤を配合した錠剤(配合剤)を作成できるため、こうした患者の苦痛を解決してくれるものである。

さらにこの技術の驚くべき点は、各々の成分の体内への放出を制御できるという点である。例えば、血糖値を下げる薬であれば、血糖値の上昇する食後に効果を発揮してほしいし、リウマチなど関節炎の薬であれば痛みのひどい朝に強い効果が必要となる。これまでの配合剤は含まれるすべての成分が同じ速度で放出されるため、こういった薬の放出量の制御ができなかった。NUSの技術では、各成分をポリマーでできた入れ物に収めることで、それぞれの放出速度を制御している。

VIEWS

遺伝子が個人の薬の効き具合に与える影響が徐々に明らかになり、薬の処方は患者一人一人に合わせて行われるべきである、という個別化医療、テーラーメイド医療への流れが医療の中で生まれてきている。遺伝子検査が普及し、安価に実施できるようになるにつれ、こうした流れは一段と加速するだろう。

そんな流れの中で、患者個人に合わせて錠剤を作れるというこの技術は、非常に注目するべきものである。これまで、各々の薬の処方量が患者ごとに異なるため、複数の薬をまとめて一錠にするというアイデアは、よく用いられる組み合わせの薬剤を除けば、なかなか実現しなかった。錠剤を作れるのは製薬企業の工場であり、決まった比率で大量に生産するしかなかったためである。

3Dプリンターを応用したこの技術により各病院で錠剤が作成できるようになることは、ちょうど大型の計算機がデスクにおけるPCに置き換わったことや、印刷室に持ち込まずにオフィスで簡単にコピーが取れるようになったのと同じようなパラダイムシフトを予感させるものである。

「あなたのための薬」が医師の処方に合わせて作られて、その一錠だけで治療ができるという全く新しい医療の形は実現が間近かもしれない。
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