●『ゲノム(ある生物が持つ全ての核酸上の遺伝情報。※1)データベース』や、『人口知能などの解析エンジン』『解析ツール』などがクラウド上に用意され、個々の研究者がデータをローカルにダウンロードする手間をかけることなく、解析が行えるようになる。
   ↓
●このプラットフォームにゲノム解析を委託することで、企業や医療機関は独自にシーケンス(*)を実施するよりも安いコストで、必要とするゲノム解析データを入手。

*シーケンス/DNAの塩基配列を読み取ること。DNAは生物の遺伝情報のほとんど全てを担う分子であり、基本的には塩基配列の形で符号化されている。(※2)
   ↓
●データを創薬や治療の最適化(個々人に合わせたオーダーメイド医療)に活かせるようになる。
ただし、個人情報保護法との兼ね合いは重要な課題となる。

これは『ゲノム解析の未来像』として、がんゲノム研究などで知られる東京大学医科学研究所の井元清哉教授(※3)が挙げたもの。
2016年7月に行われた『第5回 健康長寿ループの会』(※4)の基調講演の中で語られた。

各国でしのぎを削ってきたゲノム解析

ヒトゲノム計画(※5)によって2003年4月、ヒトのゲノム全塩基配列の構造が、解読不能な1%を除き、ほぼ全て読み解かれたと宣言されてから、約13年。

そのデータをより詳細で適格な診断や治療につなげるべく、次のステップとしてゲノム情報の解読や分析を行うゲノミクス(ゲノムと遺伝子について研究するライフサイエンスの一分野)の大規模プロジェクトが、各国で(民間も含め)立ち上がってきた。(※6)

米国が国家規模で取り組む、ゲノムの『アポロ計画』が発動

近年では、米国オバマ大統領が2015年1月、Precision Medicine Initiative(Precision Medicineは精密医療または的確医療などと訳される。遺伝子情報を含む個人の医療情報を収集し、精密で各個人に適合した医療の実現を目指すという施策。※7)のスタートを発表して以降、アメリカでは個別化医療の動きが加速度的に増している。

そんななか、2016年1月に新たに立ち上げられた医療プロジェクトが、National Cancer Moonshot(※8)。
オバマ大統領がリーダーに指名したバイデン副大統領主導のもと、がんの新しい診断法や治療法を開発し、がんの克服を目指すというもので、そのための手法のひとつとなる『ゲノム解析』をタスクの柱に挙げている。

なお、余談めくがMoonshotとは、直訳すれば月への打ち上げ。
1961年、当時の米国ケネディ大統領が「60年代のうちに月面へ人類を着陸させ、無事に生還させる」と宣言し、1969年7月に成功した『アポロ計画』になぞらえて命名されたプロジェクトだというだけあり、予算計上された額は1ビリオンドル(約1065億円)。Precision Medicine Initiativeの総プロジェクト費215ミリオンドル(約230億円)の5倍近い数字となっている。
つまり月面着陸同様、がん克服も国運を賭した国家プロジェクト、というわけだ。

以上の流れ、および米国で進行中のプロジェクトの内容を踏まえた上で、前出の井元教授が『第5回 健康長寿ループの会』において、『ゲノム解析の最前線』と題して語ったゲノム解析基盤構築の最新トレンドを紹介したい。

【データシェアリング】

2016年6月、米国NDI(National Cancer Institute;国立がん研究所)は、Genomic Data Commons(以下GDC ※9)という、がんゲノム情報の新たなデータベースを立ち上げた。
これは2011年設立の、米国における大規模がんゲノムセンターCancer Genomics Hub;CGHub(※10)を引き継ぐものだという。

GDCの大きな特徴には、データベースが米国シカゴ大学のプライベートクラウド(*)上に構築されることが挙げられる。

*プライベートクラウド/不特定多数の組織や人といった利用者が、サーバー本体などクラウド環境を共有する「パブリッククラウド」に対し、特定の組織や企業などが環境を占有する形でクラウドを実現すること。GDCのケースで言うと、シカゴ大学がGDCのために独自のクラウドシステムを有するという意味になる。

ちなみにシカゴ大学は1890年、石油王ロックフェラーが莫大な資金を提供したことによって、設立された大学。オバマ大統領は現在も同大学ロー・スクール教員(休職中)である(※11)。

このデータベースはーー

●米国Amazon.com社、米国Microsoft社などのクラウド基盤とも互換性を持つ
●米国バイオベンチャーのFoundation Medicine社が2万人分のゲノムデータを拠出する予定。

と、まさに国家規模での、がんゲノムデータ・シェアリング拠点となる計画であり、

●クラウド基盤は12000個を超えるCPUコア(*)、約5ペタバイト(*)のストレージを有する。

*CPUコア/コンピューターの“エンジン”に当たるのがCPU。その核であるコアの数はコンピューターの性能に大きく関わる。
*ペタバイト/情報量の単位のひとつ。2^50 =約1125兆バイト。
しかし、ストレージに関しては、かなりの容量不足感が否めない。
井元教授によれば「米国が目指す100万人分のゲノムデータ格納に向けては(データを圧縮しても)100ペタバイト(32ギガバイトのiPhone約320万台分。*)のストレージが必要だという指摘がある」とのこと。

*ギガバイトはペタバイトの2つ下の単位であり2^30=10億7374万1824バイト。1024ギガバイト=1テラバイト、1024テラバイト=1ペタバイトという関係になっている。つまり単純計算すると、ヒトひとりの全遺伝情報を格納するには3万2千台(!)のiPhoneが必要ということになる。

実際、同教授が所属している東京大学医科学研究所が有するゲノム解析用スーパーコンピューター『shirokane3』(ストレージ容量約12ペタバイト。※12)でも、2015年3月の本格稼働からわずか1年強で、ストレージ容量の半分以上を使い果たしたそうだ。

【民間企業が次々参加】

●英国AstraZeneca社が持つ50万人分の臨床試験データベースに、米国Human Longevity社が100万人分のゲノムデータを拠出する計画になっている。最先端のシーケンサーを複数台保有する米国Human Longevity社は、年間に100万人規模のゲノム解析能力を備えているという。

●米国Genomics Personalized Health社は、顧客の全ゲノムシーケンスを行った結果を解析(解釈)なしで、クラウドを通して顧客に送達するサービスを始めている。
ユーザーはサードパーティー(*)のゲノム解析ソフトを使い、送られてきた結果を自分で解析するという仕組みになっている。

*サードパーティー/第三者の意。IT用語としては、ある製品の開発元・販売元ではないが、その製品の関連商品を扱っている企業を指す。

●ゲノムシーケンサー最大手である米国Illumina社傘下のベンチャー企業Helix OpCo社など、上記のようなクラウドベースのゲノム解析ソフトウエアを扱う企業たちが、井元教授曰く「米国には数多く登場している」という。

【全ゲノムシーケンスの時代へ】

●全ゲノムシーケンスにかかるコストが、全エキソームシーケンス(全ゲノムのうち3%ほどの遺伝子領域をシーケンス=解析すること)と同じ程度まで下がってきた。

というのも次世代シーケンサーの登場と進化という、テクノロジーの発展があってのこと。
コスト的な理由から従来は全エキソームシーケンスが使われる場合が多かったが、両者に遜色がなくなってきたことにより「全ゲノムシーケンスの時代が来たと実感している」とは、井元教授の弁だ。

また、全ゲノムシーケンスが有効に働いた例としては、家族性大腸腺腫症と呼ばれる遺伝性疾患の患者の事例が挙げられる。
全エキソームシーケンスでは原因と思われる変異を発見できなかったが、全ゲノムシーケンスを行ったところ、APCという遺伝子のプロモーター領域の欠損を同定できたのだという。

これらは、病理の早期発見に日夜心を砕く臨床医、そして患者にとって、目の前に明るい光が射してきたような報告だろう。

さらに、全ゲノム解析のコストは、確かに飛躍的に減少してきている。
この稿の冒頭で紹介したヒトゲノム計画では、人ひとりの全ゲノム約30億個を解読するのに13年と30億ドル(2016年7月の為替レートで約3200億円)を要したが、2012年には前出の米国Illumina社と米国Life Technologies社が「1000ドル(同・約10万6500円)で可能になった」と発表している。

まさに個人でも手が届く範囲の金額であり(それゆえにこそ、医療格差が生じる懸念も存在するのだが…)、研究が加速度を増している現状を鑑みるに、ひとりひとりの個人に合わせたオーダーメイド医療の時代は、すぐそこまで来ていると言える。
記事トップ画像は京都大学堀田研究室(http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/hotta/research.html )より

【後編】ゲノム解析&医療の個人化が全世界で急進行。出遅れた日本は…? - PULSE

【後編】ゲノム解析&医療の個人化が全世界で急進行。出遅れた日本は…? - PULSE
PULSEはテクノロジーよって起こる医療のデジタル革命の最先端ニュースを届けるニュースサイトです。 時事ニュースから世界のトレンド、最新動向まで、医療産業の革命を、当事者と新しい視点でお届けします。
14 件

関連記事