PULSE HIPPOCRATES 第1章

自殺の現状はどうなっているの?臨床心理士が解説

高橋 あすみ
筑波大学大学院
2019年11月2日

1.自殺の現状

(1)自殺数の推移

 警察庁の自殺統計※によれば、日本の年間自殺者数は、今から約20年前までは2万人台で推移していました。ところが、1998(平成10)年に前年の24,391人から32,863人に急増し、それから2012(平成24)年まで毎年3万人を超える方が自殺で亡くなってきました。そのうち50歳代以上の自殺者だけで2万人弱に上っていたことから、特に中高年に対する自殺対策が進められてきました。

 近年は減少傾向に転じ、2018年の年間自殺者数は20,840人となりました。数の減少だけ見れば、以前より問題は深刻ではないように思えるかもしれません。しかしながら、これは2011年の東日本大震災の死者数よりも多く、交通事故による2018年の死者数3,532人(警察庁,2019)の約6倍です。現在でも毎日約57人が自殺で亡くなっており、自殺対策は今後も継続して実施していくことが必要です。また、未成年の自殺は全体の5%程度ですが、20年の間ほぼ横ばいで推移していることから、最近は若者を対象にした自殺対策にも焦点が当てられ始めました。


 ※外国人も含む総人口の中で自殺によって日本で亡くなった人の統計。自殺者数の引用は全て厚生労働省(2019)から。
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(2)自殺の動機

 2016年の日本財団による20歳以上を対象にした調査では、「本気で自殺したいと考えたことがあった」人は、4人に1人の割合で存在しました。これほど多くの人が「自殺したい」と考えるのは、どのような動機(直接の原因)があるからなのでしょうか?
 人が自殺をする動機を一言でいうならば、「生きていることが辛いから」だと言えると思います。
もうつかれた
人にうたがわれることにも
人をうたがうことにも
もっと好きなことにのめりこみたかった
もっといろんなことがやりたかった
でももうつかれた
こんな弱い自分にいやけがさした
もっともっと強い人間になりたかった
親を泣かせた自分がキライだ
死ぬのはこわい
罪はかんたんにつぐなえるものではない
もっとおやじと楽しいさけをのみたかった
みんなごめん
みんな大好きだ
もっといっしょに居たかった
強い心がほしかった
via ―――『遺書』サンクチュアリ出版より引用。秋元秀太氏の遺書
自殺を考える人は、現在や未来に絶望し、自分が置かれている状況や抱えている問題が今後終わったり変わったり良くなったりするとは思えない状態にあります。毎日を生きて生活すること自体が大変で、辛く、その状態で自分が明日以降も存在しなければならないことが耐えがたい苦痛です。この状態がこのまま続いていく未来を考えると、生より死を選ぶことの方が良い選択肢に思えます。このような心理状態を「心理的視野狭窄」といいます。

 人をこのような状態に追い込む要因そのものは複合的で、心理学者のシュナイドマンは自殺について「意識的かつ無意識的な多くの動機」を含む行為だと定義しています(高橋,2006)。また、NPO法人ライフリンク(2008)は、自殺で亡くなった人は平均して4つのストレス要因を抱えていたこと、また、多くの人が追い込まれる要因となった「自殺の10大危機要因」を明らかにしました。
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 人は自分で対処できる容量以上の負荷が掛かると心理的に追い込まれていきます。あるストレス要因が及ぼす心理的負荷や、そのストレスにどれくらい対処できるのかはその人や状況によって異なりますから、何が動機で自殺が引き起こされたのかを第三者が明確に特定することは、遺書がない限りはなかなか難しいです。

(3)自殺がなぜ起きるのか

 本気で自殺を考えたことのある人が4人に1人いても、実際に自殺で亡くなる人は10万人のうち20人程度と稀な現象です。自殺がなぜ起きるのか、様々な観点で検討されてきました。

 自殺統計では、遺書や周囲への調査などを通して、自殺の原因に当てはまると考えられるものを複数計上します。最も多いのは概して「健康問題」で、これには精神疾患が含まれます。

 自殺と精神疾患には深い関連があります。心理学的剖検という方法によって、自殺で亡くなった人の8~9割に精神疾患の診断が付いたことが明らかになっています(河西,2009)。特に強く関連するのは、うつ病、双極性障害などの気分障害、アルコールや薬物に依存する物質依存症、統合失調症などです。


 ところで、患者さんの中には「自分が弱いから病気になってしまった」と語る人や、「お前が弱いから病気になったんだ」と周囲に言われたと話す人は少なくありません。このように、精神疾患は「こころが弱いからなる」といった誤った言説が未だに浸透しています。

 精神医学的には、ジョージ・エンゲルによる生物・心理・社会モデル(Biopsychosocial Model)が最も一般的な考え方になっています。すなわち、精神的な症状は、生物的・心理的・社会的な要因の相互作用によって生じるため、その治療や介入も生物的(薬物療法)・心理的(精神療法・心理療法)・社会的(ソーシャルワーク)に考えて行おうとするものです。少なくとも精神疾患は、個人の心理的要因だけで生じるものではないということをここでは押さえてもらいたいと思います。

 心理学的に自殺を説明する理論も色々ありますが、勝又(2015)は、ベックによる「絶望感理論」と、ジョイナーによる「対人関係理論」を組み合わせたVan Ordenら(2010)のモデルを図にまとめています。
図2 Van Orden ら(2010)のモデル(勝又...

図2 Van Orden ら(2010)のモデル(勝又,2015より引用) 

 絶望感理論とは、ネガティブなライフイベントは自分で制御することができず、これからも変化しないものだと捉えられる傾向(絶望感 Hopelessness)が、自殺念慮や自殺行動を引き起こすと考えるモデルです。

 対人関係理論とは、「自分は人に迷惑をかけている」「自分がいない方が周りのためだ」といった負担感の知覚と、「自分は孤独だ」「自分には誰もいない」といった所属感の減弱が重なることで人は「死にたい」と思う気持ちを抱き、実際に自殺が実行に移されるには「身についた自殺の潜在能力」による、死に対する恐怖の低下や痛みに対する耐性の上昇が必要だと考えるモデルです。

 これは自殺を考えている人が実際に他者の迷惑や負担になっていたり、実際に孤独である、ということを必ずしも意味しません。例えば、自殺で亡くなった人のうち、同居者がいない人よりもいる人の方が多いです(厚生労働省,2019)。ネガティブなライフイベントも、実際に変化しないとは限りません。しかし、自殺を考える人は心理的な視野狭窄状態に陥り、自分では対処しきれない負担によって追い詰められています。この状態から抜け出すためには、ほとんどの場合、他者の力が必要です。

 社会学的には、デュルケームが『自殺論』の中で社会的環境(宗派、家族、政治社会、職業集団)を検討し、自殺を「自己本位的自殺」「集団本位的自殺」「アノミー的自殺」「宿命的自殺」の4つに分類しています。「我が国の自殺傾向は概ねデュルケームの言う自己本位的自殺の特徴に合致する」(太刀川、2019)ことから、ここでは自己本位的自殺についてのみ説明しましょう。  

 デュルケーム(1985)によれば、「自殺は、個人の属している社会集団(宗教社会、家族社会、政治社会)の統合の強さに反比例して増減」します。人の生がどのような価値を持つかを決めるのは社会だけであり、人は社会的人間として生活をすることで、その欲求が満たされたり自らの生に価値を感じたりできます。

 しかし、社会統合が弱まると社会的活動の客観的根拠が失われ、個人はそれに依存しなくなるため、生きる理由もなくなってしまうのです。このように社会の統合が弱まったとき、常軌を逸した個人化が生じて起きる自殺を自己本位的自殺と定義しました。

 今の日本では自殺対策として社会的要因に焦点を当て、自殺を引き起こすことにつながる社会問題を解決し、社会構造を変革することに重点を置いています。国は、自殺対策基本法(2006年施行)に基づいて、定期的に自殺総合対策大綱という政策の指針を決定します。これによれば「自殺対策は、社会における『生きることの阻害要因』を減らし、『生きることの促進要因』を増やすことを通じて、社会全体の自殺リスクを低下させる」ことだと明記されています(厚生労働省,2017)。

 「生きることの阻害要因」とは過労、生活困窮、育児や介護疲れ、いじめや孤立等の社会の問題です。これらの社会問題が自殺を引き起こしているため、自殺は「社会的に強制された死である」と考える見方もあります。

つづき→【後編】自殺の問題とは? 対策はあるの?臨床心理士が解説|高橋 あすみ|筑波大学大学院|第2章 | PULSE

つづき→【後編】自殺の問題とは? 対策はあるの?臨床心理士が解説|高橋 あすみ|筑波大学大学院|第2章 |  PULSE
年間自殺者数は2万人強で推移しつづけていましたが、1998年を境に3万人を超え続けています。この自殺の問題を整理し、どのように対策していけばいいかを筑波大学大学院の臨床心理士高橋あすみさんが説明します。
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高橋あすみ

臨床心理士。修士(心理学)。筑波大学大学院の博士課程に在籍し、若者の自殺予防について研究。