PULSE INTERVIEW 第5章

日本で医療イノベーションを起こすのが困難な理由

鈴木寛
東京大学教授
2017年6月12日

日本にはイノベーション=「投資」という概念がない

繰り返しになりますが、イノベーションをやりたい人にとってみればアメリカは広大なマーケットがあり、最高の環境です。
ただ、イノベーションというのは結局、投資なので、当たらないものの方が多いわけです。
この“投資”ということについて、アメリカは極めて正確な理解がありますよね。投資にはハズれるものがある、それが投資なんだ、という。だから数撃たないと当たらないという認識が、ちゃんと形成されている。

でも、日本では納税者も株主も「投資」と「無駄使い」の区別がついていない。
なので、「投資」して当たらないと「無駄使い」って言われちゃうんですよ。「いや、これは投資なんで、当たらないこともあるから投資なんです」というね、要するに投資とは失敗を含んでいる概念だっていうことが、わかっていないんですね。それで失敗すると後付けで、責め立てるわけですよ、株主であれ、納税者であれ。

やっぱり日本には、成功のために必要な回り道を社会が許容しないっていう社会風土がありますよ。社会が許容しないから組織の責任者も、社会からのプレッシャーに常にさらされ、あるいはファンドを出してるところも、結局、納税者の代理人として国が研究者にお金を出しているわけですよね。あるいは、一般投資家の代理人としてファンドが企業に投資をやっているわけですけれど、そこに対して成功のために絶対に必要な回り道を許さないですよね。その裏には、最終的な納税者や一般投資家のメンタリティーってものの存在がある。そのプレッシャーの中に現場の研究者も、組織のトップもさらされている。日本が、そういう社会風土であることは間違いないと思います。

失敗を許容しない社会風土が日本には存在する

医療分野において日本の国は、顕在化するマイナスを最小化するっていうゲームをしているわけです。何かをして良くないことが起こることをなるべく減らしましょうという「最悪の最小化」ゲームなわけですね。

これはまさにゲーム理論なんだけれども、何かをすればいいことと悪いことがあるわけですよ、必ず。なので、悪いことを最小化するためには「最悪の最小化戦略」をとる。つまり、何もしないのが一番いいってことになってしまっている。

だから、日本ではスタートアップはなかなか難しい。
日本はOECD諸国の中でも最もスタートアップが極端に少ない国であるっていうのは、結局「最悪の最小化」ゲームを社会がやってるからなんです。
政府がやること(行政官僚機構)では何かミスをしたらボロクソに叩かれるわけ。逆に、いいことをしても褒められない、評価されない。そうすると、「最もいいことを最大化する」ってことには絶対ならないわけですね。

一方、研究者がどういうゲームをしているかっていうと、「最高の最大化戦略」を取ってるんですよ。研究者とかイノベーションっていうのは、特に医療研究っていうのはたとえ1万回失敗しても1万1回目に人類を救う薬ができればありなんです。現状でいえば千3つならぬ3万分の1なんですね。化合物を発見して、それが最後まで到達する=薬として上市されるまでの確率が3万分の1なんです。だから29999回失敗して、最後の3万回目に薬を見つけるっていう作業になっていて、アメリカはこの29999回のミスを許容するんですよ。でも、日本は残念ながら1回のミスも許されない空気が覆っている。研究者に対してもとても居心地の悪い環境なわけです。

2005年まで、日本はそういう国だったんです。で、それを“苦しんでいる難病患者さんのために”っていうことでトライすることを認めよう、と。「再生医療推進法」が成立したわけです。
ただ、薬を創れば必ず薬害は起こってしまうんですね。残念ながらゼロにはできない。だから、薬を創るってことは薬害を増やすってことなんですよ。で、我々が医療イノベーションを始めた時には、そうなれば当然治験も増やすことになるし、そうすると治験のいろいろな被害とか、トラブルとか出てくるから、やっぱり薬害患者の被害者の方から相当な反対がありましたよ。私が再生医療推進法を作るときも、ある日は難病患者の会の方が「ぜひこれを早くやってくれ」と。もう再生医療が今ある最後の光明ですと言うお話を受け、次の日には薬害被害の方々から「新たな薬害を起こすので、再生医療推進法には反対」と言われる。そんな状況だったんです。

当時のごく少数の政治家が、その板挟みのなかで難病サイドに肩入れをするというリスクをとったってことで、再生医療については「何もしない」から「する」に変わったということです。

だけど、今でも基調はものすごく厳しいので。たとえば理化学研究所の高橋政代先生がやっておられるiPS細胞を使った網膜移植の2例目とかも、たぶんグローバルなスタンダードだったらもうとっくにやってるんですね。でも絶対に、副作用とか重篤な問題を起こしてはいけないということを肝に銘じてるので、日本の研究者は。だから、日本の研究者はアメリカの研究者の何倍ものチェックに次ぐチェックをやってます。
当然ですが、その結果、スピードは犠牲にしてます。でも安全性を最優先にしている。日本の医療は安全性と、新しいものにトライするという、ものすごいレベルの高いものの両立を目指してるってことですよね。

日本とアメリカ、どちらが良い・悪いではない

その点、アメリカはとにかくチャレンジする、と。そのほうが失敗する数も多くなるけれど、成功する数も増えるという考え方で医療イノベーションを推進している。

しかし、ここからはまさに公共哲学の問題で、イノベーションが大事なのか? 安全が大事なのか? っていうところで日本国民は安全を取ってきたわけです。で、イノベーションのリスクってものはアメリカに押し付けてきたわけですよね。逆に言うとアメリカっていうのは安全のリスクよりもイノベーションのリスクをとっているわけですよ。安全を犠牲にしてイノベーションを取るっていう。ま、逆にいうとイノベーションは自由って言い換えてもいいですね。彼らにとっては安全よりも自由が大事なんですよ。日本にとっては自由より安全が大事なんです。それは、いいとか悪いって話じゃなくて、まさにその社会がどういう価値を大事にするかっていう、いい悪いの議論じゃないですね。そういう社会に生きているっていうことなんですね。

だから、話はちょっと飛びますけど、テスラ―が自動運転で始めて死者が出ました。日本だったら直ちに自動運転中止ですよね。で、その部署は閉鎖。で、研究開発費はストップ。おそらく再開するのに30年かかります。30年と申し上げてるのは、札幌医大の和田教授が当時、世界的に最先端の医療イノベーションであった心臓移植手術を世界で30例目という早い段階で行って、手術自体は成功したんだけれども数か月後に患者さんがなくなったり、そもそも心臓提供者に蘇生の可能性があったのではないかという問題が指摘されたりという事件が起こって、日本の臓器移植がストップした。そこから、大阪大学の澤さんがiPS細胞を使った再生医療という最先端技術を用いた心臓移植を再開するまでに31年かかってるんです。
日本の研究者はそのことを知ってるので、絶対に重篤な問題を起こしてはいけないっていうことが、骨身にしみているわけです。

日本に先を越されたアメリカは…?

そういう日本の板挟みの状況を知っているので、iPS細胞については日本の方が先行してますけども、たぶんアメリカは「日本はまだ追いつける射程の中にいる」と考えていると思います。

そんななか、アメリカが今、何をやろうとしてるかっていうと、再生医療についてはですね、アメリカも実現できなかった規制緩和を日本はやったわけですね。つまり、治験のフェーズ2でもって仮承認を出すという。これに対してアメリカの研究者は「なぜ日本ができてるルールをアメリカは提供しないんだ」と、初めて日本を羨ましく思っている。

今までは日本の研究者がアメリカの研究環境をずっと羨んでたわけです。ま、それは他のことでは今でも羨ましい状況に変わりはないんだけど、再生医療研究については、あるいは再生医療を患者に届けるってことについては日本は羨ましがられてたんだけど、最近それをアメリカがつぶそうとしてる。「これは問題なんじゃないか」っていうような、ちょっとインテリジェンス的な動きも出てきてます。ここに対して我々は唯一のアドバンテージである再生医療をどう守ってくかってことは考えなきゃいけない。

ただ、アメリカがそういうふうに言い出すと、やっぱりそれに反応しちゃう日本のメディアもいっぱいいると思うんで。日本のいうことは信じないでアメリカの言うことは信じるっていう。まだそういう人たちが多いから。そうして今まで封印してた「再生医療の推進っていうのは本当に安全なのか?」という論調が広がってしまうと、結局アドバンテージが失われてしまう。
だからこそ安全性にはもう、ホントに念には念を入れて、やってるってことです。

私としては(イノベーション推進派)いつこの再生医療推進の流れが逆風になるかっていうのは本当に日々、枕を高くして寝れないっていうか。ま、だからこそ医療イノベーション関係者には口を酸っぱくして言ってます。現にやっぱりいくつか、それに満たない事例も出てきてて。いろいろコンプライアンスの問題も出てきて、逆に言うと内部自治をちゃんと高めながらコンプライアンスの問題をしっかり対応していかないと、そのコンプライアンス問題が医療イノベーション全体に対する逆風になってしまうという、元の木阿弥になってしまうというリスクを常に抱えて、心配しながら我々はやってるってことですよね。
ただ、誤解しないでほしいんだけれど、もちろん安全というのは素晴らしいことです。
それこそ健全な安全志向に関しては日本の美徳とするところですし、そこは日本人のひとりとして、私も維持したいと思っているんです。安全とイノベーション難しい問題です。

そのうえで医療イノベーションをどう推進していくか?

それが課題であり、私がやりたいと考えていることでもあるわけです。日本における医療のイノベーションを私は次のように起こそうと思っているんです。次の章でお話ししましょう。
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鈴木寛

東京大学教授 慶應義塾大学教授 文部科学大臣補佐官
1964年生まれ。杉並区立桃井第三小などを経て灘中・高、東大法卒。中高ではサッカーとバンドに明け暮れ、大学では演劇と音楽に没頭。通産官僚を経て、慶応義塾大学助教授。2001年参議院議員初当選(東京都)。以来、文部科学、医療を中心に活動。2007年再選。文部科学副大臣を2年間つとめる。2011年より、与党で政策調査会副会長、現在広報委員長。超党派スポーツ振興議連幹事長、東京オリンピック・パラリンピック招致議連事務局長。日本ユネスコ委員。大阪大学招聘教授、中央大学客員教授、電通大学客員教授。趣味:サッカー、合唱(六本木男声合唱団創立メンバー)、演劇。

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